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Posted by つくばちゃんねるブログ at

2010年04月06日

2010年04月18日

山形東高等学校『平成18年 後輩へ贈るメッセージ』...

山形県立山形東高等学校『平成18年 後輩へ贈るメッセージ』、Pp.97-99掲載

「Think Globally, Act Locally」  続きを読む


Posted by 山本泰弘 at 23:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2010年04月19日

筑波大学新聞2008年6月発行号「地球レベルで...

【寄稿:地球レベルで “空気を読む”時
国際総合学類3年 山本泰弘

 本紙前号の「視点:本質置き去りのエコ 知識を持って行動を」は、エコバッグなどを例に環境について浅い知識で行動すべきではないという重要な視点を提供してくれた。確かに環境負荷を考える上では、製品が作られてから捨てられるまでの総合的な評価・ライフサイクルアセスメントは欠かせない。それを踏まえた上で、私から“エコというトレンド”について新たな観点を示したい。

 エコバッグをはじめとした環境志向のライフスタイルは、いま全世界的に評価されている。かと言ってこれは単なる浅い“流行”で、中身のないものだろうか?―この潮流の背景には、世界が「環境」を現代の共通課題としてとらえ、前向きに取り組んでいこうとする雰囲気がある。グローバルな課題に敏感でありライフスタイルにその姿勢を取り入れることは、その人自身がファッショナブル・スマート(理知的)であるだけでなく、世の中の流れを形作り多くの人を動かすマスメディア・経済・政治に望ましい影響を与えることになる。

 同時にこの潮流は、人々が従来型の行動を変える必要があることを示唆している。例えばレジ袋の消費による環境負荷は人間の活動全体から見ればごく限られた規模だが、それが象徴する「使い捨て文化」に人々が依存し続けることは無理である。エコバッグの評価とともに、時代の要請からレジ袋消費に相応の対価を設定する自治体が増えている。社会として行動を変えるべき時だからだ。

 ごく一部では環境のイメージを装った、あるいはあえて科学的事実に疑問を呈する不誠実なビジネスが存在し、それに踊らされる人々がいることは残念である。ただし、だからといって現状維持を続けるのではなく、学生・消費者としての判断で世界の流れに適した行動変化の仕方を選ぶことが求められている。  


Posted by 山本泰弘 at 00:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2010年04月19日

筑波大学新聞2009年4月発行号「"引越しごみは、

【寄稿:"引越しごみは、仕方ない..."から立ち上がれ!
国際総合学類4年 山本泰弘

 "まだまだ使える卒業生・在学生の不要品を、新入生へ提供するリユース活動"「3R+1 EcoCycle(エコサイクル)」が今年も行われ、多くの品物が捨てられることなく新たな持ち主のもとに渡った。この取り組みは毎年3-4月の引越しシーズンに莫大な量が排出される粗大ごみを抑制する目的で行われてきているものだが、実際にリユースされる品物をはるかに上回る規模のごみが出され続けていることは今なお変わりない。新入生には想像もつかないだろうが、宿舎地区の一角にうず高く廃家具・家電が積み上げられる光景が現れるのだ。

 " 住む人が同様に必要なものを、前の人が捨て、後の人は新しく買って入居する=「約4年の使い捨て」"、これは環境面でまずいという以上に、あまりに非効率ではないか。それがなんとなく続けられて主流のやり方になってしまっている。にもかかわらず、それを改善するための学生主体のリユース活動をほぼ誰もやろうとしなかった時期があった。今のエコサイクルは、そこから復活した姿である。
 関わる人手不足で休止したリユース活動を再開させるかどうかの瀬戸際のとき、キーパーソンとなった学生は"人数が少ないという現状に任せて後ろ向きな態度をとる他のメンバーに怒りを感じた"という。その感情を原動力に、少ない人数でも実行できるプランで、非効率なやり方に替わるスタイルをわずかでも実現するべく、たった6人からエコサイクルの復活は始まった。

 新たに始まった学生生活で、筑波大の悪い習慣や仕組みに愕然とする場面があるだろう。何年目かを迎えて気づくこともあるかもしれない。それらの原因は"みんながなんとなく現状に任せている"ということが多いのだ。実は、変えられる。君がそれらに直面して感じた「怒り・悲しみ・失望」は、課題解決のエネルギーだ。そういった感情を諦めで紛らすのではなく、改善に立ち上がってほしい。親友の座右の銘を引用すると、「現状維持は、退歩なり」。  


Posted by 山本泰弘 at 01:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2010年04月19日

筑波大学学内広報誌『STUDENTS』2010年2月号

筑波大学学内広報誌『STUDENTS』2010年2月号、P.16、
【自著記事:「"世の中を動かす連携"を実現  環境活動で学生顕彰奨励賞」
国際総合学類4年 山本泰弘

 「3R+1 EcoCycle」・「3Ecafeプロジェクトチーム」・「つくばエコライフフレンズ」など筑波大生による環境活動の功績が認められ,それらの立ち上げに貢献したとして,山本泰弘君(国際総合4年)が日本学生支援機構の優秀学生顕彰奨励賞を受賞した。「いろいろな人やグループの連携で世の中を動かすのがこれらの共通点」と語る山本君が“仕掛けた”環境活動に迫る。

3R+1 EcoCycle(エコサイクル)*本誌広報参照
 卒業生・在学生からまだまだ使える家具・家電を引き取り,新入生に提供する“リユース(Reuse)”活動,「エコサイクル」。筑波大生おなじみになったこのプロジェクトは,全代会と環境サークルエコレンジャー,大学事務の三者の協力で成り立っている。2006年冬から始まり,今年も全代会・エコレンを中心とした精鋭たちが新入生のため計画に力を注ぐ。「僕が立ち上げた頃は手探りで粗削りな事業でしたが,引き継ぐ後輩らの活躍により(本人談:ここ重要),回を重ねるにつれ成長を遂げています」



3Ecafeプロジェクトチーム
 筑波大・つくば市の掲げる“2030年までにCO2排出を半減した「低炭素都市」を”との目標のもと,学生・研究者・地域の方・企業の方...などの連携を生み出そうとしているのがこのグループ。環境・エネルギー・経済の“3E”に関する話題を学ぶとともに,お茶やお菓子を囲んで語り合うイベント「3Eカフェ」を開催する。“気軽な会話から将来への発想が生まれる”とのねらいだ。「ある会で出た“環境を守るヒーローがいれば”というアイディアが,『イバライガーR』の復活につながったと聞いたときは痛快でした」


つくばエコライフフレンズ
 市民・学生による環境グループとして,2007年に結成。企業・行政・研究者・消費者のそれぞれが情報提供をする会「エコバッグフォーラム」・「エコドライブフォーラム」を開催し,生活にまつわる環境対策の先導役となった。昨年からは市内11の飲食店によるキャンドルナイトを実施している。「筑波大生が一般の方との連携で事業を成すというのは,必要とされているし可能性の大きいこと。今後も多分野で進んでいけば」

 つなぎ役としての手腕は龍馬のようだとも評されたというが,いずれも他の人からもたらされたチャンスを拾って始まったものとのこと。そしてもはや実際の活動を担っているのは各グループの仲間たちだ。“発起人が卒業すれば終わり”というありがちなシナリオは一応回避できているようだが,今後維持できるかどうかは在学生や新入生の参加・協力に懸かっている。その面での“持続可能性”のため,「新入生向け情報提供サイトの設立とか,後輩が立ち上げる学内の環境対策を進めるグループの支援とか,卒業までにやれることはまだ残ってます」と。筑波大の夜明けは,次代に引き継がれるだろうか。

(以上,本人自作のインタビュー風記事でお送りしました。)

3R+1 EcoCycle09-10(“3R+1”で検索)
 http://www.ecocycle-tsukuba.net/
3Ecafeプロジェクトチーム(“3Ecafe”で検索)
 http://t3ecafe.me.land.to
つくばエコライフフレンズ
 http://ecolifefriends.blog.shinobi.jp/
本人への連絡は
 resolution.2100[at]gmail.com  


Posted by 山本泰弘 at 02:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2010年04月19日

筑波大学新聞2010年4月発行号"JASSO優秀学生顕彰"

【記事:】
 昨年12月12日、日本学生支援機構の平成21年度優秀学生顕彰事業において越野結夏子さん(当時芸専4年)と山本泰弘さん(当時国総4年)が、社会貢献分野と文化芸術分野でそれぞれ奨励賞を受賞した。

 この賞は、独立行政法人日本学生支援機構が、学術、文化・芸術、スポーツ、社会貢献の各分野において優れた業績を挙げた学生を奨励・支援するもので、全国で92名が選ばれた。

 越野さんはキッズデザインプロスペクティブコンペティション2008・最優秀賞など、ものづくりやデザインでの功績が認められた。

 山本さんは、大学に関わる多様な人々を結びつけ、「3R+1EcoCycle」及び「3Eカフェ」などの環境活動の実現に尽力してきたことが評価された。

 受賞に関して、山本さんは「受賞者は自分だが、それぞれの事業を引き継ぎ発展させてきた仲間みんなの栄誉。後輩達にはこれを励みに"持続的発展"を目指してもらいたい」とメッセージを寄せた。  


Posted by 山本泰弘 at 04:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2012年06月01日

国際総合学類 フレッシュマンセミナー 大学院進学体験談

2012-06-13
国際総合学類 フレッシュマンセミナー 大学院進学体験談

Chase for the SMART SOCIETY
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Posted by 山本泰弘 at 00:00Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2016年08月20日

"うわっ…私の投票、ムダすぎ…?"とならないための選挙ガイド@東北公益文科大学

2016-06-28 "うわっ…私の投票、ムダすぎ…?"とならないための選挙ガイド@東北公益文科大学

 2016年6月28日、東北公益文科大学コワーキングスペース「UNDERBAR」にて、有権者となって間もない学生をメインターゲットとした公開講座「"うわっ…私の投票、ムダすぎ…?"とならないための選挙ガイド」を開催しました。



〔案内文〕
来る選挙で初めて投票する若者を中心に、選挙の仕組みをわかりやすく解説し、イベント感覚で楽しむ見方を提供します。

語り手:山本泰弘(地方公務員・国会議員政策担当秘書資格者)
※公務員なので政治的に中立なことしか言えません。安心!(□_□+

テキスト(2012年版)
・大丈夫!あなたの一票は日本を変えません!
・池上さんの選挙特番まじぱねぇ
・あの日起きた選挙の悲劇を君たちはまだ知らない(2000年アメリカ大統領選の話)
・もし国会議員政策担当秘書資格者が日本で最有力の政治家との面会に遅刻したら(実話)
・※このイベントは監視されています(実話)


〔まとめ〕

①(政治をよく知らないから、よく知って投票する人に任せたらいいという本音に対し)
「若者は、すでに教育政策について十分詳しい。そのアドバンテージを活かし、まず各党の教育政策を見てみよう」

参考:政策比較表2016参院選【子育て・少子化・教育】 _ 政くらべ


②「選挙で話題になるテーマの多くは、日本が今後数年で取り組んでいくもの。(どの党に投票したかにかかわらず、)忘れた頃に"あっ、あのとき話題になってた件がこんな風に解決されてる"と気づくと社会の変化を感じられる」
eg.ブラック企業対策、子育て環境充実、地域活性化

参考:(2013年)【参院選 争点・総まとめ】ハフポストが訴えた「6つの争点」とこれまでの議論のまとめ


③「2000年米国大統領選挙のように、終わってみれば"あれは歴史を変える選挙だった"――ということが実はある。スルーするよりは一応でも参加しておくと、歴史の目撃者っぽくなれる」

参考:Facebookページ「池上彰の選挙ライブ」2016年7月5日


④「国会議員の秘書は、なり手不足(資格なくてもOK)。特に若者は歓迎される。地位は立派だけど、実は雑用尽くし。それでいて、国や社会を動かす側に立つ体験ができる」

参考:民主党アーカイブ 「政治の不思議」調査隊 第1回 「議員秘書ってどんな仕事をしているの?」  


2017年09月09日

2015-12-25 「東根の『発展』に思う」@山形新聞

東根の「発展」に思う
東根市 山本泰弘 公務員
(2015年12月25日 山形新聞掲載)

 順風満帆のように思われる近年の東根市の発展。内外から評価の声が聞かれるが、その結果として「将来に残る情緒的な都市空間」を育めているだろうか。
 私は大学進学とともに地元を離れ、今年転職により帰郷したUターン者だ。毎年帰省するたびに、新築住宅が増えていく郷里の変化を目の当たりにし喜ばしく思っていた。が、それとともにそこかしこのさくらんぼ・りんごの畑や田んぼが潰され消えゆくことに、これでよいのだろうかという不安も胸をよぎる。

 まちづくり政策の専門家である足立基浩・和歌山大学教授は、地域の経済やコミュニティがしっかり残る英国のまちづくりと日本のそれとを比較して言う。英国は、地域の中心部に投資を積み重ねる政策がとられているのだと。その結果各地の小都市には伝統的な街並みの中に地元商店や全国チェーン店がおしゃれに共存する「歩いて巡れる商店街」が形成され、住民は日常的に回遊する。それだけの魅力と情緒が養われるのだ。
 他方日本の地方都市は、開発が郊外へ郊外へと薄く広がり、街の中心が定まらず衰退しやすい。中核が曖昧な都市は、ひとたび発展の勢いが陰るとボロボロと虫食い状に劣化していく。

 東根の発展は、すでに日本の多くの地域が踏んだ轍をたどってしまわないか。都市の規模の拡大に満足するのではなく、中心部に投資を集中させ、地域内外の人がそこに浸って東根を味わえる景観・雰囲気・情緒を備えた街路空間を形作ることが急務だ。

  


Posted by 山本泰弘 at 14:47Comments(0)【Web/紙面掲載・寄稿】

2017年09月09日

2017-03-18 「新品種の名 歴史の妙」@山形新聞

新品種の名 歴史の妙
山本泰弘 研究者 30
(2017年3月18日山形新聞掲載)

 同じ党派といえど劇的な戦果を挙げる者が党主流派から警戒視されたり、権力者がその兄弟を謀殺するというのは、現代に限ったことではなく歴史の常と言えよう。*

 約八百年前、それらの運命を背負った男たちが、出羽国へと足を踏み入れようとしていた。誰あろう、幼名を牛若丸という源九郎判官義経と、同じく幼名鬼若丸の武蔵坊弁慶である。
 鎌倉将軍源頼朝に追われいわば全国指名手配中の彼らは、羽黒山を目指す旅の山伏になりきり、決死の演技で関所の突破を試みる。関守は、彼らの正体を見破りつつもその覚悟に絆され通行を許す。

 伝承によれば、歌舞伎「勧進帳」に描かれるこのドラマの舞台は、鶴岡市旧温海町の鼠ヶ関。悠久の時を経て、いま庄内から生まれた米の新品種が「雪若丸」と名づけられたことには、歴史の妙を感じざるを得ない。
 熾烈な市場に散るか、海を越えて覇王となるかは、後世の瞳のみぞ知る。

(*当時、小池百合子都知事の活躍や金正男氏暗殺事件が話題であった。)

  


2017年09月09日

2017-04-14 「集団的自衛に誰が行くの?」@河北新報

集団的自衛に誰が行くの?
(2017年4月14日 河北新報採用)

 宅配便業界で働き手が集まらず、運賃値上げやサービスの縮小を迫られているという報道は記憶に新しい。割に合わない労働環境が忌避された当然の結果だ。
 この現象は、ひとたび決着したかに思われる集団的自衛権論議に示唆を与える。国際社会の安定に貢献だとか国家としての自立だとか抽象論が唱えられるが、当の担い手は雇えるのかという問題だ。

 集団的自衛権容認の決定がなされた昨今、自衛隊の入隊志願者はどれほど減ったのか。その具体的な発動の気配が迫るほど隊員は減るだろう。「割に合わない」からである。
 自衛隊員が不足するとなれば、まず何が起きるか。日本の自衛隊が現にもたらす最大の恩恵は、東日本大震災で克明となったように災害救援だ。高確率で到来するとされる南海トラフ地震のような広範囲的大災害に対し、自衛隊が十分救援できないとなれば、まさに国難の極みである。

 防衛といえども、働く当事者の「割に合うか、合わないか」と無縁ではいられない。憂国の論者らはお国のためなら身を顧みない志士を想定しているのかもしれないが、私を含む現代人は狡猾である。集団的自衛権の論議では、隊員が減ることによる現実的リスクに目をつぶってはならない。
  


2017年09月20日

2017-04-27 「語り継ぐ 明治の英雄譚」@山形新聞

語り継ぐ 明治の英雄譚
(2017年4月27日 山形新聞採用)

 時は明治初年。天下を奪った薩摩・長州をはじめとする新政府軍は、降伏を表明した旧幕府軍を執拗に攻め立て、東日本各地が戦場となった。戊辰戦争である。
 会津藩と並び最後まで新政府軍と戦ったのが、われらが庄内藩。その忠義に感銘を受けた薩摩の西郷隆盛が、敗者となった庄内藩に寛大な処分を下したという。

 美談のように聞こえるが、これには後日談がある。保護された庄内藩の支配者層はそのまま県の役人となり、あろうことか新政府の基準よりも厳しく百姓から年貢を取り立てたのだ。この仕打ちへの怒りは庄内中に広がり、政治運動となる。
 払いすぎた年貢を精算すれば「ワッパ(当時の弁当箱)いっぱいの銭が戻るはずだ」というのが、農民から商人、良心派の役人までもを一体にしたこの運動の合言葉だった。巧みなコミュニケーション戦術もさることながら、正義のためには処罰をも恐れぬ地元のリーダーらが繰り返し政府や司法に訴えたことで、ついには領民側が返金を勝ち取る。その名も「ワッパ騒動」だ。
 私財を投げ打ってこの運動に尽くしたのが、酒田きっての知恵者、森藤右衛門(もり・とうえもん)。当時の書物に、なんと福澤諭吉や板垣退助と並ぶ偉人として描かれている。

 権力者だけが歴史のヒーローではない。無名の民の中にこそ、自他の苦境を見過ごさず、おかしいことをおかしいと言う勇者がいる。美談と対になる泥臭い英雄譚を、語り継ぎ範としていきたい。  


2017年09月20日

2017-06-29 「明治の『野党共闘』」@朝日新聞

明治の「野党共闘」
(2017年6月29日 朝日新聞採用)

 国有地払下げ汚職、国民無視の条約交渉、市民運動の取締り……。今から約百三十年前、明治前期の日本を揺るがした社会問題である。当時も長州閥を中心とする一部勢力が権力を独占し、支配者に異を唱え自由民権を主張する運動は徹底的に弾圧された。

 そんな世の中で、政権の横暴を阻止すべく「野党共闘」の実現を試みた人物がいる。かつて、坂本龍馬が考え出した大政奉還のアイディアを最後の将軍・徳川慶喜に提案した土佐の実力者、後藤象二郎だ。
 その数年前から全国に広がっていた自由民権運動は、政権側による謀略もあり、板垣退助率いる自由党と大隈重信率いる立憲改進党とに分かれていた。自由民権運動が悲願としていた第一回衆議院議員選挙がようやく行われるのに備え、野党共闘で議会の多数を取る狙いであった。

 後藤はこの構想を、遊説で訪れた山形で訴えた。やはり当時の地方社会でも、自分たちが関与できないまま東京の数人の首脳らによって操られていく政治に、やり場のない憤りが渦巻いていたのではないか。
 その影響力を政権側に警戒された後藤は引き抜き工作を受け、それにあえて乗る形で政権側の一員となる。後藤というリーダーを失った自由民権派だが、それでも第一回衆院選で政権側を圧倒的に上回る議席を獲得した。

 明治の地方の名士は、選挙によって政権の専横にNOを示した。果たして現代の人々にそれができるか、試されるときである。