2017年09月20日

2017-06-29 「明治の『野党共闘』」@朝日新聞

明治の「野党共闘」
(2017年6月29日 朝日新聞採用)

 国有地払下げ汚職、国民無視の条約交渉、市民運動の取締り……。今から約百三十年前、明治前期の日本を揺るがした社会問題である。当時も長州閥を中心とする一部勢力が権力を独占し、支配者に異を唱え自由民権を主張する運動は徹底的に弾圧された。

 そんな世の中で、政権の横暴を阻止すべく「野党共闘」の実現を試みた人物がいる。かつて、坂本龍馬が考え出した大政奉還のアイディアを最後の将軍・徳川慶喜に提案した土佐の実力者、後藤象二郎だ。
 その数年前から全国に広がっていた自由民権運動は、政権側による謀略もあり、板垣退助率いる自由党と大隈重信率いる立憲改進党とに分かれていた。自由民権運動が悲願としていた第一回衆議院議員選挙がようやく行われるのに備え、野党共闘で議会の多数を取る狙いであった。

 後藤はこの構想を、遊説で訪れた山形で訴えた。やはり当時の地方社会でも、自分たちが関与できないまま東京の数人の首脳らによって操られていく政治に、やり場のない憤りが渦巻いていたのではないか。
 その影響力を政権側に警戒された後藤は引き抜き工作を受け、それにあえて乗る形で政権側の一員となる。後藤というリーダーを失った自由民権派だが、それでも第一回衆院選で政権側を圧倒的に上回る議席を獲得した。

 明治の地方の名士は、選挙によって政権の専横にNOを示した。果たして現代の人々にそれができるか、試されるときである。






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