2010年05月01日
学士論文 第1章 第1節 重要語句の整理・解説
第1章 社会的責任投資の基本概念
第1節 重要語句の整理・解説
本論文中で重要となる語句について解説する。
1.「社会的責任投資」*⁴
投資を行う際、経済的なパフォーマンスのみならず社会的な影響をも考慮した上で投資先を選定するという投資の一形態。事業者や金融機関に投資した資金の運用のされ方を考慮した上で、投資家の持つ価値観に適した運用方法を選択することで、運用利益を得つつ社会に好ましい影響を与える、または好ましくない影響を避けることを趣旨とする。
狭義の「投資」は金融機関や個人投資家が企業に対して行うものと捉えられるが、社会的責任投資における「投資」は下記のような幅広い資金のやり取りを指す。
・金融機関や年金基金などの機関投資家が受託資産を運用する場合
・個人投資家が金融機関を通じて金融商品を購入する場合
・個人が金融機関へ預貯金する場合
・個人が特定事業やそれを行う事業者へ出資する場合
具体的な手法としては、・投資銘柄の選択(ふるい分け)/スクリーニング、・株主行動、・コミュニティ投資 に分類するのが一般的である。
「投資銘柄の選択/スクリーニング」には、社会的影響を考慮した上で投資家から見て望ましくない活動を行う事業者への投資を避ける「排除選択/ネガティブスクリーニング」と、社会的に好ましい活動を行う事業者を選んで投資する「評価選択/ポジティブスクリーニング」の二手法に大別される。それぞれを判断するに当たって、事業そのものが及ぼす社会的影響を考慮する場合(例えば、人の健康を害するタバコ産業は負、環境負荷を軽減する再生可能エネルギー産業は正とするなど。)と、事業者の活動内容を考慮する場合(例えば、労働環境に問題がある企業は負、労働環境の充実が図られた企業は正とするなど。)がある。*⁵
「株主行動」は、投資家が投資先の事業者の株主としての権利・立場を活用し、社会的責任行動を求めて経営者に要請や提案を行うことである。柔軟な方法としては経営者との直接対話や意見伝達、比較的強硬な手段としては株主総会への提案(ただし、その目的は議決ではなく経営者、他の株主、マスコミ等への意見表明*⁶)がある。
「コミュニティ投資」とは、地域の発展を目的とした金融機関や開発事業に投資することである。国際的には貧困・低開発地域を対象とした救済の手段と捉えられ、一般的には返済能力に欠けると見られる低所得者層に融資の路を開くことで、社会的・経済的な機会不平等の是正に寄与するとする。また、地域内での資金循環を成り立たせるという意味では、(必ずしも低所得者層が対象でない)コミュニティファンドやNPOバンク、地方銀行や信用金庫などへの投資もこれに類すると考えられる。
投資先の事業活動に関する社会的な影響は、「環境・社会・企業統治(コーポレートガヴァナンス)」の三つの観点で考慮するのが一般的である。「環境」の観点では、排出物の安全性、温室効果ガス排出、組織の環境マネジメントシステムが、「社会」の観点では労働者の権利保護、流通の適正さ、「企業統治」の観点では法令順守、不祥事対応が、それぞれ代表的な判断要素となる*⁷。
この三つの観点は総合的に充実することが求められることから、「ESG(Environment, Society, Governance)」と総称される。同時に、経済的リターンの充実を前提とすることを明示して、「経済・環境・社会」を「トリプルボトムライン」として考慮対象とする場合もある。
2.「従来型の投資」
本論文では、社会的責任投資と対をなす従来型の投資を、下記のように表現する。
・経済的利益至上の投資/経済的利益を唯一の指標とした投資 ・・・投資の効用を判断する指標の観点
・投資者がみずからのみの利益を最大化させることを目的とした投資 ・・・投資によって利益を受ける主体の観点
・短期的に、数値上の利益・実績を挙げることを目的とした投資/中長期的・社会的な視点が欠けた投資 ・・・投資の社会性の観点
これらは時代を通じて投資という概念が投資者の利益獲得を一義的な目的としたものととらえられがちであることを念頭に置き、さらに1990年代から2000年代に世界的に広まった株主利益パラダイムの問題点を反映している。
これに応じて、社会的責任投資を表現し直すと、下記のようになる。
・利益と共に社会的公正・環境影響をも重視した投資 ・・・投資の効用を判断する指標の観点
・投資者がみずからの利益と共に、投資先の主体とそれを取り巻く社会・環境の利益を伸長させることを目的とした投資 ・・・投資によって利益を受ける主体の観点
・中長期的な視点のもと、実社会への好影響を志向した投資 ・・・投資の社会性の観点
以上より、社会的責任投資を特徴付ける主な要素として、「投資の効用を判断する指標」・「投資によって利益を受ける主体」・「投資の社会性」が確認される。ただしいずれも従来型の投資の要素を刷新したものではなく、経済分野や数値的指標に偏っていた従来型の要素を、実社会との関連に基づいてより広い方面に拡大・敷衍したものととらえられる。
3.「株主利益パラダイム」*⁸
上記「従来型の投資」の芯をなしていた考え方として、多くの文献・研究者が"企業は市場の評価と株主の経済的利益を最優先して行動すべきである"との認識を問題視している。この認識の背景には"投資は株主の短期的な経済的利益獲得のみのため行われる"・"投資により株主が企業を支配する"・"数値で表される市場の評価は正確である"という前提があり、グローバル化の進展した1990年以降普及したとされる。この観念のために、短期的には経済的利益に反映されない社会的責任行動がないがしろにされるとする。
著者により表現は異なるが、本論文では水口剛の表現を踏襲し「株主利益パラダイム」と表す。
4.「事業者」と「企業」
本論文では、投資を受ける主体の総称として主に「事業者」という語を用いる。これは投資や出資を受けるのが必ずしも企業に限らず、政府機関や個人、NGOやNPO、その他の形をとる団体・組合などの場合があるためである。
―――――
*4.水口、前掲書、2005、Pp.51-78。
谷本寛治『SRIと新しい企業・金融』東洋経済新報社、2007年、Pp.5-9。
エイミー・ドミニ 著、山本利明 訳『社会的責任投資―投資の力で世界を変える』木鐸社、2002年、Pp.17-40。
高田一樹「社会的責任投資の方法論と社会的・歴史的経緯の検討」
http://www.geocities.jp/li025960/home/topics/s03re.html
*5.「アメリカでは軍事・原子力発電・タバコ・アルコール・ギャンブルなどの産業が除外対象とされる。それに加えてEUでは、(中略)動物実験・ポルノ、遺伝子組換え作物、熱帯雨林材の製造販売、軍事政権からの受注をしている企業の銘柄が除外される傾向にある。」高田、前掲書、1.1「銘柄選択 ―排除選択と評価選択」―。
*6.「こうした株主提案は株主総会での議案の可決を目的としているのではない。議決には株の持ち合い、総会への欠席・委任、「金庫株」などの要因から、これらの株主提案が過半数を得ることはほとんどないのが現状である。株主提案の目的は株主の意志を経営者と他の株主とに示すことにある。また新聞やテレビなどマスコミによって取り上げられることで、社外のステイクホルダーと企業活動の問題を共有することも可能となる。」高田、前掲書、2.1 株主行動。
*7.谷本、前掲書、2007、P.3。
*8.水口、前掲書、2005、Pp.35-50。
Posted by 山本泰弘 at 00:30│Comments(0)
│学士論文(2010年)
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