2010年05月01日

学士論文 第3章 第2節 環境省

第3章 社会的責任投資に関する日本の政策
第2節 環境省



社会的責任投資に関する調査報告

 環境省は、公開記録の残る限り2003年4月より(著者調べ)社会的責任投資に関する調査・報告を行っている。・・・・・・
 2009年3月に環境省中央環境審議会総合政策部会 環境に配慮した事業活動の促進に関する小委員会により発行された「環境配慮促進法の施行状況の評価・検討に関する報告書」においては、全35ページ(参考資料除く)中8ページにわたる「環境に配慮した投資の促進」という項目が設けられ、社会的責任投資の国内/国際状況が詳述されている。同時に欧米の社会的責任投資先進国では公的年金機関などの機関投資家が社会的責任投資の中心を担っていることを鑑み、公的年金基金や有価証券報告書に関して社会的責任投資を促進する具体的な施策を行うべきとの認識が示されている。


コミュニティ・ファンド等を活用した環境保全活動促進事業
 
 環境省は、社会的責任投資の中でも「コミュニティ投資」に焦点を当て、国内の地域レベルでの新たな金融の仕組みの定着を推進している。2007年度から、他国と比較して日本で特に関心が高い環境・再生可能エネルギー分野における、コミュニティ金融・NPOバンクを対象とした支援事業「コミュニティ・ファンド等を活用した環境保全活動促進事業」が実現している。その目的は「コミュニティ・ファンド等に代表される市民出資・市民金融の手法を確立することにより、地域における自立的な環境保全の取組を促進する(同事業シンポジウム資料)」とされており、包括的な社会的責任投資の概念と対比して ・環境分野かつ地域単位の事業を対象としている、・コミュニティ金融・NPOバンクの形態の金融主体を対象にしている、・個人投資家・預金者を想定出資者としている、といった大幅な限定が架せられている。またその選定事業者数も1年度5団体(2007年度は特別会計により10団体)と、限定的である。

 しかしこの事業によりモデル事業として選定され交付金を受けたコミュニティ金融・NPOバンクは、認知度不足・出資者不足・社会的地位の不確定さなどの懸念材料を抱えていた状態から、事業確立・運営継続のための後押しを得た。2009年3月に開催された同支援事業の公開シンポジウム「エコを支える新たなお金 -市民出資・市民金融が拓く持続可能な社会-」では、市民出資による風力発電、環境に配慮した「天然住宅*」の普及、コミュニティビジネス支援などの事業がそれぞれ成果を挙げていることが報告された。

 ただし同支援事業は、環境省側が応募された全国のコミュニティ金融・NPOバンクの中からそれまでの実績・地域連携の実現度・継続可能性などにおいて特に優れたものをモデルとして選定したに過ぎず、選定されなかった多数のコミュニティ金融・ NPOバンクに対する効果は無いに等しい状態である。各モデル事業の成果を踏まえ、一般のコミュニティ金融・NPOバンクを支援・促進する政策が行われるか否かがこの領域の拡大発展を左右すると言える。
 一般化に至らない黎明期にある日本のコミュニティ金融・NPOバンクの活動は、一般の人々が投資の一選択肢として捉えるに至るまでにはまだ継続的な支援を要すると考えられる。


京都議定書目標達成特別支援無利子融資利子補給金交付事業

 機関投資家を対象にした事業としては、2009年7月より「京都議定書目標達成特別支援無利子融資利子補給金交付事業」として、金融機関から事業者への地球温暖化対策・二酸化炭素削減を狙いとした融資に対し補助を行う事業を開始している。対象金融機関として「環境配慮型融資を実施する金融機関」と定めた上で、融資を受ける事業者が二酸化炭素排出削減の目標を誓約し、そのために掛かる設備投資のための融資について国庫がその利息分(上限3%)を助成するというものである。2009年10月には第1号案件として、東京製鐵株式会社の行う低環境負荷の設備を備えた新工場設立のための三井住友銀行からの融資が、この事業の対象として実施されるに至っている。

 これは確かに環境省が行う投資・金融の分野の政策ではあるが、広範囲の金融機関・企業が自発的に社会的責任投資を行うことは特に企図されていないことに注意が必要である。同事業の第一の目的は環境負荷削減のための設備投資の促進であり、その手段として当該事業に係る融資への助成という形をとっていると捉えられる。これにより金融機関側は社会的責任投資を行ったことになるが、同事業の費用はあくまで国庫負担に支えられており、広範囲の金融機関が自発的・競争的に社会的責任投資を行う仕組みを形成したとは言えないのである。

これは環境面においても金融機関から企業への社会的責任投資が一般化していない日本において、ポジティブスクリーニングの形での環境配慮投資を拡大促進する効果をもつものと考えられる。

第1章「利潤至上の投資から発生する問題」で述べたように、郵便貯金・都市銀行に代表される近代日本の主流をなしてきた金融は、大都市圏への投資集中をもたらす。


日本版環境金融の原則策定

 2009年8月に環境省は、国連の責任投資原則の国内向け版となる金融機関の行動原則「日本版環境行動原則(仮称)」を策定することを明らかにした。これは欧米に比べ責任投資原則への署名金融機関が少ない日本の状況を鑑み、国内の実情に合わせた形で作った行動原則への賛同を募ることによって金融機関に環境金融を促すことが狙いと見られている。環境省は同原則が策定されるのは2010年春以降としている。
 これは日本の(国際協定などに未参加の)金融機関が環境分野の社会的責任投資へ本格的に取り組む手掛かりとして有効と考えられるが、本家である責任投資原則が2006年に発行されていることからするとかなり後れをとった政策と言わざるを得ない。ただし環境金融や国際的な社会的責任投資の傾向に関して一般に認知される機会の少ない日本においては、この国内原則が普及することで社会的責任投資の意義の認識が広まる可能性が考えられる。


 以上より、社会的責任投資に関する日本の政策は、環境分野に限り調査報告や数件の事業の形で表れてはいるものの、EU諸国の制度改正のような劇的な変化をもたらすものではない。欧米の金融界が数年前に通過した「行動原則への参加」というプロセスを最近になって国内の金融機関に追従させるのは、非常に後手に回った対応と言わざるを得ない。
 しかし裏を返せば、この対応は国際原則への署名が最大手の金融機関にしか可能でないハードルの高いものであるから必要とされているのだとも考えられる。外国からの投資にも支えられる日本の金融界が社会的責任投資の流れから取り残されることへの警戒感はあるものと読み取れるが、これ以外の明確な戦略が政策に表れていないのが疑問を残すところである。
 またこれとは別の方面で、コミュニティ金融支援の政策は一定の成果を収めていたと言えるが、2007-2008年度の事業が終了したあと2009年度に延長的な事業が実施されていないようである。
 日本の省庁では環境省が社会的責任投資に関する政策で先頭に立っていることを考えると、世界の動きに対し政策的対応は不十分さが目立つ。

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Posted by 山本泰弘 at 02:20│Comments(0)学士論文(2010年)
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