2012年04月14日

2012-I 経済政策 レポート 「プレミアム商品券」施策

2012-I 京都大学公共政策大学院 経済政策
課題:国内外の国レベルあるいは地方自治体レベルにおける、任意の経済政策を取り上げて、その政策形成から実施に至る展開過程、及び政策効果について、講義内容とも関連付けながら、論じなさい。

「プレミアム商品券」施策に表れる消費者のしたたかさ

山本泰弘(地球環境学舎 修士2年 7330-23-1663)
〔脚注付き原稿〕


 2009年、自公連立麻生政権末期に定額給付金政策が行われたことを契機として、全国の多数の自治体が「プレミアム商品券」を発売した#。これは販売額に10-15%程度のプレミアム#を加えた額面の、当該地域内特定店舗のみで使用できる商品券を販売する施策である。


1.政策的背景

 2008年10月、麻生内閣は緊急経済対策として国民一般に定額の金銭を給付する「定額給付金」政策を発表した。公的な施策目的としては”景気後退下での住民の不安に対処するため、住民への生活支援を行うことを目的とし、あわせて、住民に広く給付することにより、地域の経済対策に資する(総務省)#”と、国民の生活支援と地域経済活性化が掲げられている。施策の立案当時は石油価格高騰の影響が日本経済全般に及び、特に家計消費が緊縮していたためそこに資金をもたらすことで消費を喚起することが望まれた。#
 しかし、1998年に実行された「地域振興券」の給付とは異なり、給付されるのは金銭で特に用途や使用期間の限定はない。このため定額給付金は結局家計で貯金に回り、短期的にも長期的にも消費を刺激する効果はないとする見方もあった。#
 また地方自治体側は、給付金が貯金に回ることに加え給付金により消費が喚起されてもショッピングセンターや全国チェーン店などに吸収され当該地域への経済効果が極めて低い結果となることへの危機感が迫ったと考えられる。
 そこで、国からの給付金を地域内での消費に結びつけるための橋渡し的方策として、「プレミアム商品券」施策が考案・採用された。#


2.施策経緯についての疑問と考察

 「定額給付金」と「プレミアム商品券」の組み合わせは一見、国と地方がうまく呼応して家計の消費を喚起し地域経済循環の呼び水をもたらす施策と思える。しかし、政策の立案・実施過程において奇妙な点がいくつかある。

 まず、そもそも当時の政府・与党はなぜ「地域振興券」のあり方を踏襲せず定額の金銭を給付することにしたのか、である。
 これについては、自治体が担う仕事を発券業務から口座振替業務にすることで施策コストを圧縮し、当時勢いのあった野党民主党による施策コスト面での批判を抑えるためであったとの説明が成り立つ#。”愚策”として批判の声の高かった「地域振興券」のイメージから少しでも離れ、家計の支援の意義を押し出したかったという理解もできる。

 次いで、多数の自治体がほぼ横並び的に「プレミアム商品券」施策を採用した#のには何らかの「仕掛け」があったのではないか、という点。
 これについては明確な証拠資料は得られなかったが、東京都港区での施策を皮切りに1998年から1999年にかけてプレミアム商品券の第1次ブームがあり、それが定額給付金施策に契機づけられた2009年からの第2次ブームの下地となったことが考えられる#。所管官庁の総務省からグッドプラクティスとして内々に紹介があったとか、行政コンサルティング企業が施策パッケージとして全国展開したなどの経緯が想定される。

 そして、なぜ多くの自治体は「プレミアム商品券」をショッピングセンターや全国チェーン店でも使用可能にしてしまったのか、である。
 政府の「定額給付金」の狙いは(公的には)第一に国民の生活支援、第二に地域経済の活性化とされたが、地方自治体の「プレミアム商品券」は消費の地域経済へ呼び込みを主目的とするものである。それに従えば、コンビニエンスストアやガソリンスタンドに代表される”中央資本”の店舗は商品券使用可能箇所から外すことが考えられる。それらの店舗で消費が行われても、収益は本社に入ることになり地域経済への貢献度は低いためだ。
 しかしこれは、構造的に考えれば論理的と言えるが現実に施策を行う上では困難な判断を迫られる点である。コンビニエンスストアは、その規模は限定されるが雇用と一部地元商品の取り扱いで地域経済に貢献しているとも見えるし、ガソリンスタンドは”地元資本”の場合がある。これらのうち適不適を選別して一部を除外するような施策は取りにくいというのが実情ではないか。
 もう一つ考えられる要因、”消費者の確立された要求”については、「4.施策の理念と現実についての考察」にて述べる。


3.政策効果についての疑問と考察

 最大の問いは、政策効果である。
 実施自治体による施策実施報告書は多数発表され、いずれにおいても相当額の地域内経済効果が認められたとされている。しかし、研究機関やシンクタンクなど実施自治体以外の主体による効果分析が極めて少ない。官僚制における無謬性の問題を想起すると、自治体側の報告を客観的なものとして信頼することは必ずしもできない。

 その中で、神戸市がプレミアム商品券の消費喚起効果分析を財団法人に委託し、政策効果を算出した例がある。それによると、発行総額11億円(プレミアム率10%)の商品券の消費額のうち64.7%が施策により喚起された(新たに創出されるか、市外で消費されるはずの分を呼び込んだ)とし、喚起額は総額で約7億円、それによる生産誘発額は約11.6億円であったとされる。
 また、鳥取市は市当局による分析として、発行総額6億円(プレミアム率20%)の商品券発行において”1億円のプレミアム付加により、約2億5500万円の新たな消費刺激効果(商店街等への消費刺激効果)が生じた”、”生産誘発効果(県内への経済波及効果)は約7億400万円”#としている。
 奈良県は、発行総額41億4000万円(プレミアム率15%)の商品券で約10億3800万円の消費が喚起され約9億2100万円の消費流出(県外でなされる消費)が抑制されたとする。生産誘発額は約8億1500万円とされる。#

 上記報告はいずれも、商品券発行前の買い控えや使用期間後の需要減(需要先食い)の影響を考慮に入れていない。消費を一定期間に集中させ、それによる成果を取り上げて評価していることになる。
 また、神戸市・鳥取市のような自治体はもともと周辺地域から消費者が訪れる中核的な都市と言える。鳥取市は商品券購入を市内在住者に限定していたが、神戸市はそのような限定をしていない。集客力のある自治体にとってはもとからの優位をさらに伸ばして周辺地域から消費を呼び込むことを狙える。周辺地域の商店にもたらされる恩恵は目減りする(例えば、生活必需品の購入は地元商品券で行い、得した分を都市での買い物に使う)のではないか。#

 エコカー減税・家電エコポイント制度の影響が大きいため、定額給付金とプレミアム商品券の「先食い」問題はそれらによるものに覆い隠されてしまっているが、エコカー減税・家電エコポイント制度の反動と言われる消費冷え込みには、定額給付金とプレミアム商品券の影響が含まれているはずである。
 プレミアム商品券についてはこの時期以降定期的に発行・販売を続ける自治体も多いが、定着するほど発行時期前後の買い控え・需要先食いの影響が大きくなることが考えられる。


4.施策の理念と現実についての考察:政策の狙いと消費者意識とのズレ

 「プレミアム商品券」施策は、政策の狙いと消費者の意識・欲求との間のズレが目立ったものと言える。定額給付金の主目的は国民の生活支援であり、これはおおむね達成された。他方プレミアム商品券は政府からの給付金をなんとか地域に落とすことを狙ったものだったが、住民の消費行動をコントロールすることはできなかったと考える。すなわち、あくまで地域経済の活性化を追求するのであれば非大型・非チェーンの地元商店で使用できる商品券を発行するのが妥当だが、住民の感覚としては利用頻度の高い大型店・チェーン店で使えない商品券には価値を見ず、商品券の売れ残りや不十分な話題性、少数者への利益誘導との批判を避けるために大型店・チェーン店を利用可能店舗に組み込むことが必須であった。購入上限を設けるかどうか、購入可能者の幅を市民に限定するかどうかという点にもそれが影響したと考えられる#。
 住民としては、この好機をフル活用していかに得な買い物をするかが関心事で、使用可能店舗や購入額の制限を障害と見る見方につながる。可能であれば、”制限なく商品券を購入して、ポイントが付く家電量販店で家電製品を買いたい”というような志向が強いものと言える#。地域経済活性化の文脈はその遠景となり現実に考慮されない。
 自治体や政府には当初”消費者の地域内消費を促そう”という目論見があったであろうが、現実に消費者に政策効果を満たす行動変容をさせたとは言えず、すでに確立された消費者側の要求に従う形で当初の理念から大きく変容した政策が行われたと言えるのではないか。

 このことから、中央・地方政府による何らかの仕掛けにより一般の消費や選好を誘導するというのはかなり困難なことと認識される。政策決定者側が「地域経済活性化」のような”公益”を掲げたとしても、”自分の生活の中で施策利益を得られないのは困る”という”市民益”が十分な発言力を持ち、そちらに強く引っ張られてしまうという構図である。
 両者は似通ったものであり、後者も”公益”と言いうる。経済政策については特に、人々の選好が市場における優劣を生み出し、人気のある産業や地域を利する政策のほうが受益者・関与者が多く、より多数の人から賛同されるのが通例である。逆に公益上は重要でも市場で不利な立場にあり人気のない産業や地域は、それを支援する施策に対する賛同が集まらない。上で述べた”市民益”による誘引が如実に力を握るのである。
 個々人がプレイヤーとなる市場において、人々の要求と微妙にずれる公益を求めることは難題である。理念に基づいた政策があっても、個々人の要求に絡め取られて市場の流れに従うものになる。あえて言えば、人々の選好、市場の流れをうまく迎えて勢いを得る巧みな仕掛けがあって初めて、市場・消費に関する政策はうまく働くのではないか。#



―――――
【参考文献】

「『こうべ買っ得商品券』の消費喚起効果の分析」、ひょうご経済研究所『ひょうご経済 (103)』, 28-33, 2009-07。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016782382

大阪府商工労働部商工振興室商業支援課「大阪まるごと大売出しキャンペーン事業結果報告書」2010年6月。
http://www.pref.osaka.jp/attach/2566/00054263/kekka.pdf

奈良県産業・雇用振興部商業振興課「平城遷都1300年記念プレミアム商品券の発行による事業実施報告書」2011年3月。
http://www.pref.nara.jp/secure/70876/siryou.pdf

鳥取市経済戦略課「プレミアム付き商品券発行事業(第1弾)の経済波及効果について」
http://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1254817236605/activesqr/common/other/4acaff3c004.pdf

原 如宏「定額給付金を2割増しに! 自治体の『プレミアム商品券』は得か、否か?」、日経BP社『日経トレンディネット』2009年5月。
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20090518/1026279/

広野彩子「プレミアム商品券狂騒曲」、日経BP社『日経ビジネスオンライン』2009年5月。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090430/193482/?P=1

もり・ひろし「『プレミアム商品券』~定額給付金で2度目の流行」、日経BP社『BPnetビズカレッジ〈日経BPネット〉』、2009年4月。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090331/142743/

小尾拓也「意外に経済効果あり?『定額給付金期待論』が急浮上中」、ダイヤモンド社『ダイヤモンド・オンライン』2009年3月。
http://diamond.jp/articles/-/5044

「べっぷプレミアム商品券 上限撤廃で完売」、大分合同新聞社『大分合同新聞』、2009年6月18日。
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2009_124528975465.html
「公平? べっぷプレミアム商品券」、大分合同新聞社『大分合同新聞』、2009年6月19日。
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2009_124538930819.html

Earlybird1995「定額給付金を当てにした『プレミアム商品券』の効果はいかに」2009年3月。
http://d.hatena.ne.jp/Earlybird1995/20090303/p1

総務省「定額給付金について」
http://www.soumu.go.jp/teigakukyufu/
施策の目的
景気後退下での住民の不安に対処するため、住民への生活支援を行うことを目的とし、あわせて、住民に広く給付することにより、地域の経済対策に資するものです。


(調達不可)
「発行相次ぐプレミアム付き商品券の効果は? 公共事業に代わる景気対策に 先進地では発行とりやめも」、日本経済新聞社産業地域研究所『日経グローカル (140)』, Pp.40-43, 2010-01-18。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016914761

「税制・税務の動き 割増商品券、129市区町村が予定--定額給付金支給に合わせ--総務省調べ」、時事通信社『税務経理 (8892)』, 12-15, 2009-02-06。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40016430652

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