2012年04月15日

2012-I 農林水産政策 レポート 「低価格外食」のオルタナティブ

2012-I
京都大学公共政策大学院 農林水産政策 レポート

「低価格外食」のオルタナティブ 「学校給食 大人向け」のアイディア


山本泰弘(地球環境学舎 政策論分野 修士2年 7330-23-1663)
〔脚注付き原稿〕


1.課題の指摘:食の低価格競争

 日本の農水産品の需給構造は、時代の変化の影響を受け大きく転換してきている。「時代の変化」と一言で言い表してしまったが、本稿で重視するのは低価格外食チェーン店の大幅な拡大に代表される、「食の低価格競争」の深刻化である。
 「失われた20年」・「所得増なき成長」の語で表現される、国内経済の実感的な成長のなさが背景となり、消費者は当然のごとく日常的な消費に低価格を求めている。「食」はまさにその対象である。消費者の飽くなき需要を糧に、大手飲食チェーン店・加工食品産業が低価格競争にしのぎを削るようになって久しい。今や一定規模の都市を歩けば、牛丼、ハンバーガー、居酒屋、そしてコンビニエンスストアのチェーン店をかなりの頻度で見る。
 それらの低価格競争の舞台裏にうかがわれるのは、大手サプライヤーから原材料・加工・サービス労働力への支払い圧縮である。低価格競争に追随するためには、原材料を値切るか低価格のものに置き換え、中間供給者の加工費も抑え、現場の労働者の賃金も最低限にして、競争に堪える価格を実現しなければならない。その結果二次以降の供給者に十分な支払いが行きわたらず、食産業の場合海外産原材料への転換に行き着くことがセオリーであり、それは実際すでに進展しつつある。
 低価格外食(中食も)産業の隆盛で多くの消費者が食の需要をそこに依存することになり、農水産生産者や加工業者はそこへごく安価に素材を提供するか、そうでなければ(低価格外食・中食産業にシェアを奪われることや人口減により)規模が縮小する一般市場への供給で生き残らなければならない。


2.低価格外食産業に対する策は

 この構造への対策はいくつか考えられ、実践されている。
 需要サイドにおいては、「FOOD ACTION NIPPON」に代表される国産品消費啓発キャンペーンや各生産地のラべリング・ブランディングの取り組みがあり、直接的に消費者の気づきと行動変容を意図する。供給サイドにおいては、農業者や農協などが高品質産品の開発で国内の上級消費者への供給に特化したり、台湾・シンガポール・中国など海外市場への進出を狙う動きが盛んである。
 これらの取り組みはしかし、消費者全体からすればごく一部と思われる関心や意識の高い人々の反応を期待するものであったり、すでに品質競争力のある産地・生産者が低価格競争の対極的市場を確保するというものであり、前述の低価格化需給構造とは一線を画した位置づけにあるのではないか。
 低価格外食・中食を利用する消費者のほとんどは、品質や生産地、流通経路など食品の「中身」は無視し価格や利便性で商品を選択する。栄養バランスについても無視する人が多いのではないか。これまで若者やオフィスワーカーらを中心に支持されてきたサービスだが、昨今指摘される平均賃金の低下、非正規雇用の一般化、独居者の増加などの社会背景から察するに、今後他の属性の人々に日増しに浸透していくことが予想される。
 この市場に触れなければ、近い将来、低価格外食・中食は国内農水産業から切り離され、国内の食消費の大きな割合が海外産食品・加工品で完結するといった姿が実現するかもしれない。


3.「オルタナティブ」の発想

 低価格外食・中食産業や、それを支える多くの消費者を「問題視」する見方もありうるが、この需給構造は社会背景からの消費者の切実な要請と、供給者の経営改善の成果として生まれたものである。「安い・早い・うまい」を求めざるを得ない現代人と、それに応じたサービスを追求する外食産業はいずれも否定のできない正当な動きをしているのである。
 そこで、この構造に対して何らかのオルタナティブを付加することを考えたい。すなわち、低価格の食を求める消費者の需要に応じつつ、国産農水産品を積極的に供給するビジネスモデルを立案することを試みるのである。

 牛丼(丼もの)、ハンバーガー、居酒屋に代表される低価格外食チェーン店は、働く人(特に男性)を中心的なターゲットとし、均質的でできるだけ単純なメニューを素早く提供するあり方を基本とする。食材の仕入れやメニュー・調理法・オペレーションの考案、広報宣伝は本社が一括して行い、各店舗はほぼ自律判断することなく単純労働力によって飲食物の提供を行う。
 これは、伝統的な飲食店(例えば寿司屋、定食屋、ラーメン屋)が個人経営であり、食材選びから調理の腕前、価格設定、宣伝までが亭主に懸かっていたのとは対照的である。
 ただし、前述の低価格外食チェーンの業態と共通点を持つ食供給形態が、日本社会の一局面で長年にわたり成り立ってきた。学校給食である。現在、地方を中心に、複数校分の給食を一括調理して各校に配送する「センター方式」が多く見られるが、これを発展拡大して一般消費者への供給路を開くことができないか。「大人向けの給食食堂」が、低価格外食チェーン店のオルタナティブとして存在しえないだろうか。


4.「給食」の特質#

 この試案を考える上で、現状の学校給食(センター方式)の基本的な機能を整理したい。
 第一に、児童・生徒へ安全で健康的な食事を安定的に供給するという基幹的機能がある。栄養士により入念に栄養バランスが考慮され、コスト・調理法など限られた条件のもと最適なメニューを提供する。自治体の公費が投入され、保護者の負担も抑えられている。#
 第二に、地産地消に寄与する機能がある。学校給食においては食育の一環として、政府の「食育推進基本計画」により地場産物の活用率向上が目指されている。生産者側は大口の需要を得ることができ、調理者側は輸送費などを抑えた安定的な仕入れが可能となる。地域内で資金が循環し地域経済力の保持にも寄与する。#
 これらから導かれる、学校給食の①スケールメリット、②栄養バランス、③メニューの多様性、④食材の多様性や旬、⑤地域密着型スタイル(、加えてそれぞれに反映される調理者の創意工夫) といった要素は、低価格外食・中食の多い食生活では食味面でも栄養面でも単調になってしまいがちな一般消費者にも十分評価されうるものではないだろうか。

 また、現在地方で割合が高くなっているセンター方式だが、行政効率上の要請や少子化などの要因により今後(自校方式が多い)都市部にも拡大するものと思われる#。その変化に伴って、一般消費者をもターゲットに入れた業態変更のチャンスがある。


5.事業構想

 新業態の提携先として、既存の社員食堂の運営業者を想定する。典型的な社員食堂は、低価格外食産業と同様に食材を本社で仕入れ各店舗に分配するが、調理は現場で行われることが多いものと考えられる。それにより提供される食材やメニューの幅が限定され、食味・栄養バランス・地産地消の各面で質が限られた食になる場合が多いと思われる(例えば調理が簡便なそば・うどん類やカレーがそれら社員食堂の定番メニューであり、それにばかり頼る人(食堂側も)も多いのではないか)。中小規模の運営業者であればなおさらである。
 そのような伸び悩みの状態にある社員食堂に、部分的にでも学校給食メニューを供給して販路とするのである。社員食堂が独自に個性的なメニューを用意するのは比較的コストがかかるだろうが、大口一括調理された料理を調達することでその効果を安価に代替できる。社員食堂側は調理をアウトソーシングしつつメニューを豊富にすることができ、消費者は社外の店とは違った個性を持つ食を選べる。栄養バランス・日替わり性・地域貢献・子どもとのコミュニケーションにつながるなどの要素が強みとなるだろう。

 各地に残る一般的社員食堂と給食センターとが提携し、給食メニュー提供を一つの柱とした食堂のスタイルを築く。次の段階として、給食メニュー提供を核とした食堂店舗の運営を狙う。中小都市の中心部で夜間営業を主とする飲食店と提携し、周囲に勤務する人をターゲットにランチサービスとして給食メニュー提供を行うという形を考える。低価格外食・中食はビジネスモデル上成人男性の直感を刺激するメニューが中心となりがちだが、給食メニューはそれらのローテーションに陥りやすい社会人にとって、目を引かれるオルタナティブとなるのではないだろうか。

 このようなシナリオで「大人向け価格」による収入が入るとすれば、これまで限定された供給規模で公費を投入して行われてきた給食センターの運営において、供給力拡大のコストをカバーしさらに食の質の向上を目指すことも夢ではない。学校に限定されない、安定的で公益に資する地域の食供給インフラとして機能する可能性がある。


6.有形無形の効果

 このシナリオが実現するとすれば、有形無形の波及効果が期待できる。
 第一に、地域内で流通する食材の絶対量が増大するため域内農業・経済の活力を高める。低価格外食・中食産業が輸入食材や中央一括仕入れ品の分配に大きく依存していることと対称をなす。
 それに付随して第二に、消費者の支払いが地域内により循環することになる。やはり低価格外食・中食産業と対照すれば、そちらは各地での利益が在京本社に積み上がる仕組みである。本構想は運営の合理性で前者にかなわないものの、地域内で完結するお金の流れが実現する。
 第三に、「食」に関する多様なコミュニケーションが生起することを挙げたい。前述の”子どもとの昼食の共有”がそうであるし、チェーン店では実現しにくい旬の食材の使用、地域ならではの料理で旬や地域性が感じられるということもありうる。”このメニューを家庭で作ってみたい”と思われる機会もあるかもしれない。学校教育で行われる「食育」も、大人にとって有意義なものである。
 第四には、健康効果である。「低所得者は安価な不健康な食生活に陥ることが多く、健康を害しやすい」との指摘が、日本にも如実に表れる時代にあるように思われる。低価格外食・中食は食材を単純化し、安価に調達できる食材に絞ってメニューを作る。これらへ依存する人々の健康影響は、計測はできないが将来的に並々ならぬものになることが懸念される。給食メニュー提供によりその一部でも置き換えることができたら、遠望的には医療費などの社会的負担軽減につながるのではないか。
 第五に、前節末で言及した「食のインフラ」の形成である。現在、高齢者世帯向け配食、介護・老人福祉施設向け給食の市場拡大が予期され、大手事業者の参入が報じられている#。食材にとどまらず、調理済みで各品各菜そろった「一食」を安定的に消費者へ届ける仕組みが社会として需要されているのである。これを、児童・生徒、高齢世帯や要介護者、ときて一般消費者(特に低価格外食・中食に頼らざるを得ない人々)に広げる試みにならないかと思うのである。


7.結び

 以上、非常に楽天的な構想であり、非現実的な要素も多々あるはずであるが、各地に散見される学校給食の進化とグッドプラクティスから本構想を描くに至った。
 親世代が子どもの食べる給食のメニューの豊かさに驚くように、学校給食はイノベーションを続けていくものである。その行く先としてこのようなシナリオが実現し、食にまつわる諸課題が改善することを望みたい。




―――――
【参考文献】
・「市のしごと いくらかかるの? 学校給食の運営②給食センター調理方式」、千葉県柏市『広報かしわ』2011年3月1日
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/020300/p007565_d/fil/230301-45.pdf
柏市学校給食センターについて。給食提供には1人1食あたり440円の費用がかかり、うち272円(食材費)が給食費として児童・生徒の家庭の負担、168円(委託費)が市の公費負担となっている。1日約4,700食(小学校8校、中学校4校)の供給規模である。

・平木 協夫「データでみる地域 都道府県 学校給食の調理方式と地産地消」、日経BP社『日経グローカル No.60』Pp.43-45、2006年9月18日。
http://www.nikkei-rim.net/glocal/glocal_pdf/060PDF/060data.pdf
"自治体の財政効率面での優位と、市町村合併の進展によりセンター方式が増える"との鳥取県担当者のコメントを紹介。

・学校給食ニュース「つくば市、センター整備計画を3センター方式へ修正」、2011年1月23日。
http://gakkyu-news.net/jp/010/012/12000_2.html
食中毒リスク抑制のため、同一調理ラインで10,000食を超えないよう調理ラインを分散させる必要があるとしている。

・福井新聞「中学校給食が市役所食堂で人気 メニュー2種類、鯖江市民に好評」、2012年3月7日。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/school_education/33446.html

・福井県鯖江市「月間トピックス 平成21年2月」、2009年3月4日。
http://www.city.sabae.fukui.jp/pageview.html?id=7308

・株式会社 矢野経済研究所「給食市場に関する調査結果 2012」、2012年8月6日。
http://release.nikkei.co.jp/attach_file/0316155_01.pdf
・MONEYzine「高齢者向けサービス、給食市場が成長 老人福祉施設給食市場、前年度比103.5%」、2012年08月12日。
http://moneyzine.jp/article/detail/204774

・株式会社ケイ・エフ・ケイ「社員食堂運営」
http://www.kfk-net.co.jp/food1.html

・株式会社フード・サービスコスモ「事業内容 社員食堂」
http://www.shain-shokudo.com/jigyo/index.html#office

〔学校給食グッドプラクティス〕
・東京都足立区「おいしい給食」、2012年8月8日。
http://www.city.adachi.tokyo.jp/kyushoku/k-kyoiku/kyoiku/kyushoku.html

・(個人ブログ)「足立区の給食・足立区役所の展望レストラン『ピガール』」、『Adskin's Blog』、2012年6月3日。
http://adskinedman.wordpress.com/2012/06/03/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E3%81%AE%E7%B5%A6%E9%A3%9F%E3%83%BB%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E5%BD%B9%E6%89%80%E3%81%AE%E5%B1%95%E6%9C%9B%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%80%8C%E3%83%94/

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