2010年05月01日

学士論文 第1章 第2節 株主利益至上の投資から発生する問題

第1章 社会的責任投資の基本概念
第2節 株主利益至上の投資から発生する問題



 序章で触れたように、株主の経済的利潤を唯一の指標とした投資の仕方からは、数多くの問題が発生する可能性がある。本節では「社会的責任投資」の背景としてその主なものを概説する。加えて、社会的責任投資に関し解説・論評する文献の指摘を参考に、それぞれの項目に当てはまる企業活動の例を示す。

1.外部不経済
 経済原論からも明らかなように、基本的には利潤を追求する経済活動は多少の外部不経済を生む。一般的に、利潤を至上のものとして追求することは外部不経済を増大させる。
 工業製品の生産活動・廃棄処分過程などから発生する自然破壊・環境汚染(公害)が典型的なものとして想定される。これらは近年多くの製品の生産・処分の拠点が発展途上国にあることにより、問題が表面化しにくくなっている。環境規制が厳しい国から規制の緩い国へ生産拠点を移転する行為も問題視されている。*⁹


2.社会的不公正
 利潤を追求するあまり、企業が法令や社会的公正を侵す行動をとることも問題である。児童労働・過重労働・安全対策不備など労働に関するもの、生産物の買い叩き・独占や寡占による利益獲得など流通に関するもの、兵火器や麻薬・覚醒剤の生産流通など人道的見地から問題視されるもの と、多岐にわたる。

 アメリカで投資信託会社・投資顧問会社・調査会社を設立し社会的責任投資の実践で功績を残すエイミー・ドミニは、著書『社会的責任投資―投資の仕方で社会を変える』の中で、企業がコスト削減のため劣悪な環境下で労働者を働かせる生産施設「スエットショップ」を社会的不公正の代表的な一面であると挙げている。従来型の市場ではこのようなコスト削減の仕方が評価されるということも問題点として指摘している。*¹⁰
 日本の国際青年環境NGO・A SEED JAPANは、個人の視点による社会的責任投資を主題として展開するプロジェクト「エコ貯金プロジェクト」中で、日本の金融機関や一般投資家が日本国債を購入することで、日本政府の対米政策を通じてその資金がアメリカ合衆国政府の収入となりアフガニスタン紛争やイラク戦争の費用をまかなうことになるとして問題提起している*¹¹。また同様に、非人道的兵器として国際社会での規制対象となっているクラスター爆弾の製造企業へ日本のメガバンクの資金が流入している可能性を指摘する。*¹²
 鈴木(2005)は、日本の4大メガバンク*¹³から消費者金融会社に融資される金額の規模の大きさを問題として指摘する。銀行が、銀行より融資審査が甘く利率が高く、"強制的な取り立てができる"とする消費者金融へ利潤を重視して大口投資する実態を、金融の公共性に反することだと言及する。 *¹⁴


3.企業統治(コーポレート・ガヴァナンス)
 企業統治とは、一般的には、企業の効率的・遵法的な業務活動や企業倫理を実施継続するための管理の仕組みと理解されている*¹⁵。株主が実質的な企業の所有者であり、経営者はその代理人として主に従業員や取引先、顧客・消費者などのステークホルダーとの関係を保ちながら株主利益を実現するべきであるという欧米型の企業観に立脚していると言える。この観点で企業が合理的に運営されるにあたっては、最高経営責任者(CEO)が独断的な判断を下したり、ある幹部や従業員が不当に利益を得たり、疎かな製品管理で消費者に不利益を被らせるようなことがあってはならない。企業統治が充実していなければ、そのようなマイナス面を助長するばかりか、企業倫理や顧客満足、そして企業の社会的責任に基づく経営改善行動が滞るという"プラス面の抑制"にも帰結する。*¹⁶
 社会的責任投資において、企業統治の充実は、自社の活動における資源の効率利用や環境負荷の管理・抑制による環境効果、超過労働や経理不正、人権侵害などの違法行為の防止という社会的効果と関連付けて説明される。
 「グロービスのMBA経営辞書」においては、企業統治への関心を高めることになった一大事件として、企業ぐるみでの経理不正が発覚し株価暴落、破産につながった「エンロン事件」が挙げられている*¹⁷。


4.大都市圏への資金集中*¹⁸
 投資の収益性を最優先させた場合、地方で預けられた資金もが大都市圏に投下されるという現象が起こる。地方の金融機関が経済的効用の大きい大都市圏の企業・事業に融資を行うことで、地域社会での資金の流れが弱められ地域経済の弱体化をもたらすことが考えられる。
 また、大都市圏に本社を置く都市開発企業や不動産会社、住宅会社が、地方銀行との協調のもと都市郊外に宅地・商業地開発事業を行うことが戦後の日本で継続的に見られた。多くの場合地域外の人・会社が事業の主導権を握るため、地域住民の意向や地域の自然・歴史資産の重要性に配慮していないとしてしばしば反対運動が試みられる。地方から都市へ資金が流れることに起因する問題の一例と言える。


 上記の問題は利益追求の姿勢で投資を行う投資家に限らず、利殖よりむしろ資産の保存を目的とする一般の投資家・預金者も無自覚に寄与する場合がある。みずからの資金が金融機関に渡った後どのように運用されているか知ることのないまま、その資金が社会的な問題を助長する企業や事業に拠出されるという問題が存在する。この原因は一般投資家・預金者側の無関心と、金融機関側の情報の不透明さにあるとして、市民啓発と情報公開の両面の改善が図られている。

 投資の成績が投資家の経済的利益のみで測られるという条件下においては、その指標(機関投資家にとっては計上利益、個人投資家・預金者にとっては利率)のみを追求した相互競争が行われる。金融機関は資金を集めるため個人投資家に対し高い利率を提示せざるを得なくなり、その利回りを達成するために社会的影響を軽視した運用方法を行うことになる。個人投資家は他に考慮する指標がないと利率の比較で投資先を選択することになる。これは企業と株主との関係でも当てはまり、投資家の経済的利益と別の指標の必要性を示す。

―――――
*9.コンラッド・オスターヴァルダー「企業間競争も環境条件を配慮」『日経ビジネス 特別版』日経BP社、2008年12月8日。
安藤三郎「CSR(企業の社会的責任)とSRI(社会的責任投資)」『四国大学経営情報研究所年報』第11号(2005年)、Pp.61-63。
*10.ドミニ、前掲書、2002、Pp.17-40。

*11.日本の歳入は約4割(2007年度から2009年度の平均)を国債発行による調達に依存しており、歳入全体の使い道にアメリカ国債の購入や為替介入(ドル買い)が含まれるという論理である。

*12.国際青年環境NGO A SEED JAPAN 「エコ貯金ナビ」http://www.aseed.org/ecocho/
U S Treasury - Treasury International Capital System - Home Page
http://www.treas.gov/tic/
Garbagenews_com「アメリカ国債の引き受け先をグラフ化してみる(2009年1月更新版)」
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2009/01/20091_2.html

*13.2004年4月当時。みずほ・UFJ・三井住友・東京三菱の各銀行。

*14.鈴木亮「口座を変えれば世界が変わる」『ドミンゴ』技術評論社、2005年3月、Pp.42-47。

*15.コトバンク コーポレート・ガバナンスとは 朝日新聞出版「知恵蔵2009」・グロービスのMBA経営辞書http://kotobank.jp/word/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B9

*16.NPO日本コーポレート・ガバナンス研究所「JCGRコーポレート・ガバナンス原則」
http://www.jcgr.org/jpn/principles/CG_Principles.pdf
独立行政法人 経済産業研究所 RIETI - コラム第5回「企業統治か、企業文化か?」
http://www.rieti.go.jp/jp/projects/cgp/05.html

*17.コトバンク エンロン事件 とは ASCII.jpデジタル用語辞典
http://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

*18.田中優『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方―エコとピースのオルタナティブ』合同出版、2005年。Pp.112-113。

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Posted by 山本泰弘 at 00:40│Comments(0)学士論文(2010年)
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