2010年05月01日

学士論文 序章 第1節 問題設定

序章
第1節 問題設定



 2007年から2009年までに及ぶ世界的金融・経済危機は、「株主利益至上の投機的投資」の過熱の危険性・脆弱さという問題を浮き彫りにした。金融・経済危機の発生が象徴するのは、経済的利潤を唯一の価値としてかつ短期的に追求する形の投資では市場と社会に混乱・破局をもたらすリスクを高めるという問題の存在である*¹。経済の混乱に限らず、環境負荷・人権侵害・兵器生産のような多方面にわたる外部不経済・社会的不公正もそういった利益追求の仕方に起因する悪影響の例であり、社会における投資のあり方が問題の焦点になっている。

 そこで近年、事業活動の原動力である投資を通じて事業者に社会的公正を求めるという方法・考え方が存在感を増してきている。経済的利潤のみを指標とするのではなく、その事業者や金融機関が経済・環境・社会の3つの観点から望ましい運用を行っているかを評価する投資の在り方、「社会的責任投資(SRI: Socially Responsible Investment)」である。これに基づけば、投資をする側(個人投資家・機関投資家)は複数の観点からより深く企業の実態を判断することが、投資を求める側(事業者・金融機関)は自らが社会に与える正負の影響について情報開示し 負影響を抑制し正の影響を伸長することが推進される。これにより事業者は広く社会からの支持を得て安定的な活動ができ、中長期的に 投資をする側・投資を求める側・社会や環境 のそれぞれに資すると理解されている。*²
 
 この流れにおいて特筆すべきこととして、2006年にコフィ・アナン国連事務総長(当時)と国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)・国連グローバル・コンパクトが共同で「責任投資原則」を発表したという事実がある。これは世界の投資機関に向け環境・社会・企業統治の面に考慮を払うべきとする規範を示した宣言文であり、欧米の公的年金基金を中心に機関投資家が多数署名している。
 投資において「社会的責任」という価値は、「投資家利潤至上」に対する代替的な価値として現れた。事業者の社会や環境に対する関連性に光を当てる「企業の社会的責任(活動)」への注目度が高まったのに続き、事業活動そのものやその内実を評価する「社会的責任投資」という言葉・概念も一定の普及を見せている。ただしそれが、投資市場・経済全体で一過性のもしくは例外的な存在にとどまるのか、あるいは投資家利潤至上の価値観に代わり、市場の標準となりうるのか。
 本論文は、社会的責任投資についての基本概念・背景を明らかにした上で、社会的責任投資をめぐる国際社会から一般投資家にわたる近年の動向を検討し、現在及び将来の経済・社会に与える影響を考察するものである。

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1.毎日新聞社「エコナビ2009:世界経済危機の発火点--サブプライム問題2年 後遺症なお」(毎日新聞:2009年8月9日)
http://mainichi.jp/select/biz/econavi/news/20090809ddm008020120000c.html
日経BP社「日経ビジネスオンライン:アジア通貨危機から10年目の警告(2007年3月28日)」http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070327/121845/

2.水口剛『社会を変える会計と投資』岩波書店、2005年、Pp.1-13。

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Posted by 山本泰弘 at 00:10│Comments(0)学士論文(2010年)
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