2010年05月01日

学士論文 第2章 第1節 国際的枠組み[続]

第2章 社会的責任投資の動向
(第1節 国際的枠組み 後半)



5.カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト*⁴³

 カーボン・ディスクロージャー・プロジェクトは、2000年より始まった非営利活動およびそれを行う「世界最大の投資化連合(「Carbon Disclosure Project 2008 Japan150」より)」の名称であり、世界中の企業に対して気候変動に対する戦略と温室効果ガス排出量実績の情報開示(当該組織はこれを「Carbon Disclosure」と呼ぶ)を求めることを趣旨とする。これは投資家に対し、企業の環境対策・環境戦略の状況を投資判断指標の一つとして提示する役割を果たす。この情報があることで、投資家は環境対策・環境戦略の充実した企業をリスク管理が行き届いていると認識して評価できるようになる。また同時に、気候変動が企業価値に与える影響について、投資家が懸念するものとして企業経営陣に対し警鐘を鳴らす目的を持つとする。*⁴⁴

 具体的な活動としては、時価総額を基準として選定した世界で3,000社の大企業に質問状を送付し、当該企業の環境対応に関する設問への回答を求め、その結果を総合して報告書に著すというものである。これらの情報は機関投資家により投資先のリスク管理の充実度として需要される。
 銀行・保険会社・投資管理会社など世界各国の46社(2008年の場合、以下同じ)が同プロジェクトの「メンバー」となり、同時に同プロジェクトによって企業に送付される質問書には 385の機関投資家(やはり銀行・保険会社・投資管理会社などにより構成される)が署名という形で支持を表明している。署名した機関投資家の総資産の合計は57兆USドルに上るとする。また、日本版報告書(「Carbon Disclosure Project Report 2008 Japan 150」)には、このプロジェクトの「サポーター」として経済産業省と環境省が名を連ねている。*⁴⁵


6.グローバル・レポーティング・イニシアティブ*⁴⁶

 グローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative: GRI)は、企業の適正な情報開示によって社会的責任投資と持続可能な社会を推進することを目的とした組織・財団である。企業の環境分野での行動基準を創設した、アメリカの社会的責任投資家・環境活動家・教会関係者などからなる組織「環境に責任を持つ経済のための連合*⁴⁷(Coalition for Environmentally Responsible Economies: CERES)」と国連環境計画との合同事業として1997年に発足した。2002年には常設の国際機関となっている。企業・投資機関・NGO・会計士団体・業界団体が協力している。

 グローバル・レポーティング・イニシアティブは、2000年より継続して「サステイナビリティ報告のガイドライン(Sustainability Reporting Guideline)」を発行している*⁴⁸。企業活動を経済・環境・社会の三つの面から報告すべきとしたこのガイドラインは、世界の事業者の環境報告書・サステイナビリティ報告書の国際標準となっており、環境報告書・サステイナビリティ報告書発行の普及に貢献した。これらの報告は、投資家が企業の社会的責任行動を判断する指標として一定の影響力を持つに至る。

事業者が環境報告書・サステイナビリティ報告書を発行することの価値が、国際機関による社会的責任投資家の視点を反映した基準創設により、多国籍企業を中心として世界の事業者に公認されていったと言える。事業者が投資先として評価を受ける際にそれらの報告書の情報・発行の有無が投資家に影響を与えることを認識していったのである。今や大規模事業者は環境・サステイナビリティ報告書をウェブサイト上で公開しており、グローバル・レポート・イニシアティブのガイドラインに準拠していると言及する事業者も少なくない。この動きは、投資家が企業の社会的責任行動を重視する向きに伴っている。



以上より、国連環境計画を中心とした国際的枠組みで社会的責任投資の価値が認められてきていることは明らかである。環境と持続可能な発展に関する金融機関声明における「金融機関による、環境や持続可能性への貢献」といった包括的な主題から、赤道原則でのプロジェクトファイナンスに関する配慮規定へと続き、責任投資原則においては受託者責任に反せずに貢献することが可能との前提に立ち 環境・社会・企業統治の「ESG」という社会的責任の領域が明確化された。その後に続くカーボン・ディスクロージャー・プロジェクトは環境対応の分野で広範囲の事業者に回答を求めるものであり、グローバル・レポーティング・イニシアティブは各事業者による社会的責任に則った自発的な情報開示の標準を設けるものである。

この流れは、金融機関に望まれる社会的責任行動が段階的に具体化していったことを示すと考えられる。国際的に提起された宣言文や原則への署名という形から、それらへの関与状況も含めた事業者の社会的責任行動を適正に公開することにまで、求められる行動が拡大している。また、上記の各事業に関与する事業者の範囲も、当初は早期から社会的責任投資を重視してきた金融機関が主だったのが、一般の大規模金融機関、一部地方金融機関、大企業へと拡大している。
同時にこれらは国際機関から金融界が一方的に要求を突きつけられたのではなく、相互に価値と必要性を認めた上での宣言・署名・参加・情報開示という形で実現していることも注目すべき点である。

そしてこの進展の背後には、事業者にとって死活的な投資という評価が常に伴っている。社会的責任投資の動機が宗教観・倫理観・社会的意見にとどまっていた時期から、社会的責任投資の判断基準と一般的な投資基準との間に環境対応の要素が共有されるようになったことを契機として、企業の社会的責任のあり方は一般的に投資を行う上でも重要な観点となった。社会的配慮が充実している事業者は投資家にとってリスクが少なく運用面で有益であり、事業者にとってはその点を評価する投資家がいることから社会的責任行動を進めるという、従来型の投資とは異なった新たな方向性の競争的発展が起こっていると言える。

特に、事業者の環境対応情報を一括して集め年次報告書に掲載するという事業を行うカーボン・ディスクロージャー・プロジェクトは、事業者相互のこのような競争性を活かした取り組みである。気候変化が事業者にとってリスクまたはチャンスであることを前提とし、事業者の評価主体である投資家へ情報提供するとともに、企業経営陣へ環境対応が事業者評価に直結するとのメッセージを発する。

これらの歩みが実現した経緯において、国連環境計画金融イニシアティブは独特なプラットフォームとしての役割を担った。国連機関と大規模金融機関の共同による枠組みを構成し、"環境対応が事業者価値に大きく関与する"という、当初は限定的な範囲と確度で共有されていた認識を「声明」・「原則」の形にまで強化し、環境対応の面での事業者の社会的責任行動の価値認識を固めていった。そしてこの認識は十分に経済上・投資行動上の利益に適うものであるがために広範囲の金融機関・事業者に共有され、前述の各プロジェクトへの参加が拡大したり自発的に民間の枠組みが発足したりという動きが興っているのである。
さらに、社会的責任投資に関する国際的枠組みのそれぞれに投資市場で多大な影響力を持つ大規模金融機関が参加していたことは、投資判断基準の急速な変化を可能にした重要な要因であると言える。

―――――
*43.CARBON DISCLOSURE PROJECT
https://www.cdproject.net/en-US/Pages/HomePage.aspx

日経BP社「bp special ECOマネジメント/キーワード:カーボンディスクロージャープロジェクト」
http://premium.nikkeibp.co.jp/em/keyword/07/

KPMGあずさサステナビリティ株式会社「カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト2008年報告 ジャパン150の発行」
http://www.kpmg.or.jp/resources/newsletter/sustainability/200811_2/01.html

枝廣淳子「日刊温暖化新聞 カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト2009年版レポート」
http://daily-ondanka.com/report/world_16.html

*44.「CDPの目的は主に次の2点である。
1.気候変化がもたらす重要なリスクと機会についての情報を提供すること
2.これらの問題が企業価値に与える潜在的影響に対する株主の懸念を、企業経営陣に知らせること」日経BP社、前掲書。

*45.CARBON DISCLOSURE PROJECT 「Carbon Disclosure Project Report 2008 Japan 150」
https://www.cdproject.net/CDPResults/67_329_156_CDP%20Japan%20Report%202008%20jp.pdf

*46.GRI - Home Page
http://www.globalreporting.org/
KPMGあずさサステナビリティ株式会社「GRI認定トレーニング:サステナビリティ・レポーティング」
http://www.kpmg.or.jp/serviceline/sustainability/gri_training.html
株式会社リサイクルワン「GRI(グローバルレポーティングイニシアティブ)」
http://www.recycle1.com/words/2008/03/gri.html

*47.和訳は山本利明(2002)による。
CERESは、1989年のエクソン・バルディーズ号座礁・原油流出事故を機に企業の環境行動基準「バルディーズ原則(後に「CERES原則」)」を創設するため発足した組織である。

*48.2006年には第3版が発行された。

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Posted by 山本泰弘 at 01:10│Comments(0)学士論文(2010年)
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