2010年05月01日

学士論文 第2章 第1節 国際的枠組み

第2章 社会的責任投資の動向


 本章では、運用資金規模や制度改廃の面で投資市場に多大な影響力を持つ国際的枠組み、各国政府、公的基金の社会的責任投資に関する動向を挙げる。市場の主流をなす各主体が社会的責任投資の意義を公的に認め、それを促す宣言・法令・投資行動を発するに至っていることから、投資市場において社会的責任投資が主流へと近づいていることを論証する。


第1節 国際的枠組み


1.国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP Financial Initiative)*²⁸

 国連環境計画と世界各国の金融機関とのパートナーシップとして1992年に立ち上げられたのが、国連環境計画金融イニシアティブである。金融は経済活動を通して環境や持続可能な発展に正負の影響力を持つという認識のもと、国連機関と民間企業による画期的な枠組みが作られた*²⁹。2009年10月時点で200社以上の金融機関が参加している。
 多数の金融機関の経済発展と環境保全・持続可能性を両立することを目的とし、金融の業務・サービスを通した環境配慮を進めるとする。署名金融機関に対しては業務に直結する調査分析の報告やビジネスモデルの提案などにより環境対応を支援している他、環境金融の分野の専門家育成や情報交換の拠点となっている。
 以降で述べるもののうち複数の国際的枠組みの結成に寄与し、また金融と環境・持続可能性との関連に焦点を当てた報告書を発表するなどして、企業の社会的責任・社会的責任投資の価値を世界の金融界・経済界に普及させる上で重要な役割を果たしてきた。


2.環境と持続可能な発展に関する金融機関声明(UNEP Statement by Financial Institutions on the Environment & Sustainable Development)*³⁰

 1992年、国連環境計画が「環境と持続可能な発展に関する金融機関声明」を発表した。この声明は、金融事業と環境保全活動との調和が図られるべきとする認識のもと、国連環境計画が世界の金融機関に対し環境と持続可能な発展への寄与を促すものである。前文に「持続可能な発展は経済・社会の発展と環境保全との相互作用に依存する」・「持続可能な発展は政府・事業者・個人の共通の責任である」・「我々は各セクター(政府・事業者・個人)と協力して、市場メカニズムの枠内で共通の環境目標に向かい取り組むことを誓う」*³¹と謳い、金融機関の立場から持続可能な発展・環境マネジメント・環境コミュニケーションの各分野に関与を深めることを宣言する形となっている。
 2009年末時点で、銀行・保険会社・資産運用会社・年金基金などからなる世界177の金融機関がこの声明に署名している。日本の金融機関としては、2000年5月に日興證券、日興アセットマネジメント株式会社、株式会社グッドバンカーが*³²、日本の銀行としては2001年6月に日本政策投資銀行が*³³この声明に初めて署名しており、2009年末時点では計18の金融機関が署名者として名を連ねている*³⁴。
 この声明に署名した金融機関は、前述の「国連環境計画金融イニシアティブ」に参加し国連環境計画とパートナーシップを結ぶとする。

3.赤道原則(The Equator Principles)*³⁵

2003年、国際金融公社(IFC: International Finance Corporation)の年次会議において、欧米の金融機関10行により「赤道原則(The Equator Principles)」が採択された。これは高額の資金(当初5,000万USD以上、2006年7月に1,000万USD以上と改定*³⁶)が投入されるプロジェクトファイナンス*³⁷に際し、その事業が地域社会・自然環境に十分配慮して行われることを担保するための原則である。2009年6月1日時点で67の金融機関がこれを採択しており、その中には日本のメガバンク3行*³⁸も含まれている。
 当時大規模開発プロジェクトに際しては、民間金融機関が独自のガイドラインに基づいて環境レビューを実施することはほとんどなかったとされている。企業の社会的責任が重視される過程において、環境 NGOからの指摘を受ける形で欧米の銀行が具体的な対応を模索し出していた。そこで2002年、世界銀行グループに属し民間部門の業務を担う国際金融公社が、国外の大規模開発事業に投融資を行う主要な金融機関に対し民間金融機関によるガイドライン作成を呼びかけたのである。*³⁹

 この原則は、各金融機関が投融資を行う開発プロジェクトについて、環境影響の管理と法令順守、情報公開を義務付けるものである。融資前の環境影響度を測定してカテゴリ分けし、融資先の事業者に影響度に応じた対策をとることを求める。同様にこれらに基づいた契約条項を作成し、融資後も環境コンサルタントによる中立的なモニタリングを行うことを定める。

4.責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)*⁴⁰

2006年4月、当時の国際連合事務総長・コフィ=アナンが国際連合環境計画(UNEP)・国際連合グローバルコンパクトとともに「責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)」を提唱した。これは機関投資家を主体にとった宣言文の形をとる文書で、国際連合の名のもとに世界の機関投資家に向けて投資行動においてESGに関する問題を考慮すべきとする規範を示すものである。文書は以下の6項目からなり、それぞれの項目についてESGの理念を投資活動に反映させるために考えられる実施例が示されている。

1 私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
2 私たちは活動的な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます。
3 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
4 私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。
5 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
6 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。
(責任投資原則HPより。http://www.unpri.org/principles/japanese.html

上記6主文の前文として「環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題(ESG)が運用ポートフォリオのパフォーマンスに影響を及ぼ」しうるとされ、資産運用面において環境・社会・企業統治のリスク管理と配慮が必要であると表明する。さらに「受託者責任に反しない範囲で、私たちは以下の事項へのコミットメントを宣言する。」と記されていることから、この宣言は環境・社会・企業統治への配慮は受託者責任と整合することを認めるものと解釈される*⁴¹。

 発表当初、年金基金を含む16か国の大口機関投資家(総資産額は2兆ドル超)が署名した。2009年9月4日現在機関投資家183、投資管理会社(Investment managers)288、(Professional service partners)111が署名している。この文書・署名に法的拘束力はないとされているが、この原則の不遵守が露見した場合の社会的信用の下落を考えれば、事実上の拘束力は大きいと言える。*⁴²

―――――
*28.国連環境計画・金融イニシアティブ「国連環境計画・金融イニシアティブについて」
http://www.unepfi.org/regional_activities/asia_pacific/japan/about/index.html
財団法人環境情報普及センター「EICネット[環境用語集:「UNEP 金融イニシアティブ」]」
http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2949
大和証券グループ「対話で考えるCSR 第12回『CSRと気候変動問題』」
http://www.daiwa-grp.jp/branding/dialogue/10/

*29.大和証券グループ「持続可能性報告書2008 持続可能な社会の構築にむけて」
http://www.daiwa-grp.jp/branding/report/2008/terms/index.html

*30.UNEP FI Our Signatories "UNEP FI Statements Financial Institutions" http://www.unepfi.org/signatories/statements/fi/
国連環境計画・金融イニシアティブ、前掲書。
http://www.unepfi.org/regional_activities/asia_pacific/japan/about/index.html
株式会社日本総合研究所 村上芽「金融機関と持続可能性 ~UNEPFI2005グローバル・ラウンドテーブルより ~」
http://www.jri.co.jp/page.jsp?id=5569

*31.註29をもとに、著者訳。

*32.UNEP-GRID-Arendal "First Japanese Financial Institutions sign up to UNEP's Environmental Statement" http://www.grida.no/news/press/2063.aspx

*33.日本政策投資銀行「金融用語集 UNEP」 http://www.dbj.jp/glossary/uvwxyz.html
同上「日本政策投資銀行、国連環境計画(UNEP)金融機関声明(「環境と持続可能な発展に関する金融機関声明」)に署名~わが国の銀行として初の署名~」 http://www.dbj.jp/news/archive/rel2001/0625unep.html

*34.三井住友海上、損保ジャパン、東京海上日動、日興コーディアルグループ、日興アセットマネジメント、グッドバンカー、日本政策投資銀行、滋賀銀行、三井住友フィナンシャルグループ、日本興亜損保、住友信託銀行、日本政策金融公庫・国際協力銀行、三菱東京UFJ銀行、大和証券グループ、あいおい損保、三菱 UFJ信託銀行、中央三井トラスト・グループ、みずほフィナンシャルグループ(署名順。三井住友海上、損保ジャパン、東京海上日動の3社は国連環境計画金融イニシアティブに統合される前の「Insurance Industry Initiative」に署名していた。)

*35.The Equator Principles | A benchmark for the financial industry to manage social and environmental issues in project financing:
http://www.equator-principles.com/
国際金融公社(International Finance Corporation)「IFCについて」
http://www.ifc.org/japanese

*36.日本経済新聞社「nikkei BPnet 金融機関の環境配慮を定めた赤道原則改定(2006年7月18日)」
http://www.nikkeibp.co.jp/news/eco06q3/508573/

*37.プロジェクトファイナンスとは、一つの大規模投資事業に融資を行い、そこから得られる収入を返済原資や損失が起こった場合の担保とみなす融資方法のこと。この種の融資は通常、発電所、化学処理プラント、鉱山、交通インフラ、環境、通信インフラ等の、大規模で複雑かつ巨額の費用を要する設備に対し行われる。
エクエーター原則(2006年)(日本語訳)http://www.mizuho-fg.co.jp/csr/soundness/investment/pdf/2006_principles_jp.pdf
バーゼル銀行監督委員会、自己資本の測定と基準に関する国際的統一化(Basel II)2005年11月 http://www.bis.org/publ/bcbs118.pdf.

*38.みずほコーポレート銀行、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行の3行である。
国際金融公社、前掲書。

*39.みずほフィナンシャルグループ「エクエーター原則について」
http://www.mizuho-fg.co.jp/csr/soundness/investment/equator/principle_jp.html
三菱東京UFJ銀行「赤道原則の採択について(2005年12月22日)」
http://www.bk.mufg.jp/info/btm/pdf/equator_principles.pdf

*40.Principles for Responsible Investment - Official Home:
http://www.unpri.org/
Press Releases April 2006 - U N Secretary-General Launches "Principles for Responsible Investment" - United Nations Environment Programme (UNEP) :
http://www.unep.org/Documents.Multilingual/Default.asp?DocumentID=475&ArticleID=5265&l=en
UNEP Finance Initiative
http://www.unepfi.org/index.html
財団法人環境情報普及センター「EICネット[海外環境ニュース - 国連事務総長 責任投資原則を発表 16カ国の大口機関投資家が署名]」
http://www.eic.or.jp/news/?act=view&oversea=1&serial=13125 

*41.谷本、前掲書、2007、P.41-43。
水口剛「『社会的責任投資』から『責任ある投資』へ」(NPO法人社会的責任投資フォーラム 講演資料 2009年4月24日)P.10。
http://www.sifjapan.org/document/sri-mizuguchi_2009.pdf

*42.ニッセイアセットマネジメント株式会社「水口剛のSRIレポート"責任投資原則(PRI)"」
http://www.nam.co.jp/company/csr/sri/report2/index.html
http://www.nam.co.jp/company/csr/sri/report2/01-02.html

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Posted by 山本泰弘 at 01:00│Comments(0)学士論文(2010年)
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