2010年05月01日

学士論文 第1章 第3節 社会的責任投資の歴史的経緯

第1章 社会的責任投資の基本概念
第3節 社会的責任投資の歴史的経緯*¹⁹



 社会的責任投資の源流は、多くの文献がそれを1920年代アメリカのキリスト教会における資産運用の方針に求めている*²⁰。教義と倫理性に基づき、信徒から提供された資金の投資先として酒・タバコ・ギャンブル関連の産業を排除したのである。これは現代の社会的責任投資の手法に当てはめると「スクリーニング」にあたり、アメリカを中心に排除対象とそのような手法の投資を行う主体が拡大していった。

 第二次世界大戦後、アメリカにおける世論と社会運動の対象が移り変わるにつれて、スクリーニングを柱とする社会的責任投資はそれらに応じた進展を遂げる。1960年代後半から1970年代にかけては、ベトナム戦争と南アフリカのアパルトヘイト政策への反対世論が社会を席巻し、政策と同時に企業の社会的責任が問われる時代であった。ベトナム反戦運動は、米軍が使用し非人道的な結果を及ぼす兵器を生産する企業*²¹への抗議活動となり、それに呼応する大学の基金、労働組合、公務員年金基金などが軍需関連企業の株式を売却している。アパルトヘイト政策への反対としては、南アフリカで人種的不公正を改善しようとしないアメリカ企業の株がそれらにより売却された。1970年代には個人向け社会的責任投資信託として、ネガティブ・ポジティブ両面でスクリーニングの対象を広げたファンドが相次いで発売された。1980年代にはやはり社会的関心が高まった人権、環境、女性、雇用の各問題がスクリーンに取り入れられていった。*²²

 この1960年代後半からの発展過程を、ドミニは社会的責任投資の近代的な形への変遷だと叙述する。投資に対する判断の観点が、信仰に基づく価値観から一般的な倫理観・社会的意見に拡大したのである。また、1960年代の公民権運動に伴いアフリカ系アメリカ人を中心とした少数者の支援を趣旨とするコミュニティ開発金融機関*²³が確立したこと、さらに一般株主が企業に社会的責任行動を求める株主提案を行い始めたことも注目に値する。*²⁴

 アメリカで発展を見せた社会的責任投資が欧州に伝播したのは1980年代だとされる。欧州ではその後1990年代後半にかけて環境分野に焦点を当てたファンドが発売されていったことが特徴的である。河口(2002)は、1994年にスイスのプライベートバンク(富裕層向けに資産運用・管理をも担う金融機関*²⁵)で、1996年にノルウェーの大手保険会社で、1997年にスイスの大手銀行でそれぞれ社会的責任投資商品が発売されたことを挙げている。*²⁶

 1990年代は、社会的責任投資の実態の転換が発生した時期とされる。それまで宗教観・倫理観・社会的意見表明の観点から投資家利益を差し置いて行うものとされた社会的責任投資が、企業の環境対応を評価する要素が加わったことで、企業の営業成績・生産性・健全性と合致する投資の仕方と見なされるようになったのである。環境対応を進める企業はエネルギー・資源効率が高くそのコストを抑えられ、環境関連規制による対応コストやリスクを低減できるという見方から、一般的な投資家の利益と重なることが認められたのである*²⁷。このことをきっかけとして、1990年代後半から社会的責任投資の規模は急速に拡大した。

 同じく1990年代は、第2章第1節で述べる国連環境計画金融イニシアティブや国連グローバル・コンパクトなど国際的枠組みで金融業と環境保全・持続可能な発展の実現との結びつきが図られ始めた時期でもある。これらの枠組みを基礎として、環境保全や持続可能な発展への配慮・関与は金融業上の利益と一致するものであることが投資市場や国際社会のレベルで認識されていくこととなる。

 2000年代からは、国際的枠組みと各国政府のレベルで社会的責任投資に関する具体的な指針が設けられるようになった。英国・ドイツ・オーストラリア・スウェーデン・フランス・カナダなどでは、法改正の形で間接的に金融機関に社会的責任投資を促す仕組みが作られた。他方、第2章第1節で述べるグローバル・レポーティング・イニシアティブやカーボン・ディスクロージャー・プロジェクトが発足し、企業の社会的責任行動や環境対応の分野の情報開示を進めることでやはり間接的に社会的責任投資を拡大する動きをなしている。

―――――
*19.河口真理子「企業の社会的責任 ~環境から持続可能性へ~」『大和レビュー』2002年秋季号No.8、Pp.98-141。
ドミニ、前掲書、2002、Pp.43-62。
株式会社日本総合研究所「CSR Japan,社会的責任投資とは」
http://www.csrjapan.jp/sri/what/usa.html(最終閲覧日2008年10月26日)
高田、前掲書、第2章 SRIの背景 ―信仰的・社会的・制度的経緯。

*20.NPO法人 社会的責任投資フォーラム(SIF-Japan)「SRIの概念」 http://www.sifjapan.org/sri/index.html
ただし、エイミー・ドミニは、社会的責任投資の始まりを18世紀のメソジスト教会としている。また同氏はキリスト教以外にもイスラーム教・仏教においても教義上特定の事業が忌避されてきたことを社会的責任投資の一端として言及している。
ドミニ、前掲書、2002、Pp.44-46。

*21.枯葉剤、ナパーム弾がそういった兵器の代表的なものであり、抗議活動の標的となったのはそれらを生産していたダウ・ケミカル社であった。また、ドミニはそれらの兵器による人的被害を世論に印象付けた要因として、当時の戦争報道の影響を挙げている。
同上、Pp.47-48。

*22.同上、Pp.46-54。
木村富美子「日本の社会的責任投資(SRI)の特長と今後の展開」『創価大学通信教育部論集 第11号(2008年8月)』P.2-3。

*23.ドミニは、1973年設立のサウスショア・バンク・オブ・シカゴをコミュニティ開発金融機関の代表的な成功例として挙げ、そこから途上国におけるコミュニティ開発金融機関設立が進んだとしている。
ドミニ、前掲書、2002、Pp.54-57。

*24.同上、Pp.46-54。

*25.株式会社 メイヤー・アセット・マネージメント プライベートバンクとは?
http://www.meyerjapan.com/services/privatebank.shtml
UBSジャパン UBSの歴史
http://japan1.ubs.com/about/history.html
ロイター スイス政府、UBS株売却で資本注入分取り戻す見込み
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-11111420090820?sp=true

*26.河口、前掲論文、2002、Pp.114-115。

*27.「90年代後半から急増したISO14001取得など環境マネジメントを導入する企業では、環境対応をすすめることが、効率性アップ、生産性向上および環境リスクの低減につながるという経験則が観察されるようになった。」河口、前掲書、2002、P.118。

同じカテゴリー(学士論文(2010年))の記事
 学士論文 あとがき (2010-05-01 02:50)
 学士論文 参考文献一覧 (2010-05-01 02:40)
 学士論文 終章 (2010-05-01 02:30)
 学士論文 第3章 第2節 環境省 (2010-05-01 02:20)
 学士論文 第3章 第1節 政策の概況 (2010-05-01 02:10)
 学士論文 第2章 第4節 コミュニティファンド・NPOバンク (2010-05-01 02:00)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。