2010年04月24日

小論文 「商業立国 日本」【2.日本伝統の商業倫理】

「100年後にむけての日本又は日本人はどうあるべきか」懸賞論文 応募作 「商業立国 日本」

【2.日本伝統の商業倫理】
 このような無秩序な世の中は、本来の日本のあるべき姿ではない。
 日本は、古くから洗練された商業倫理を培ってきており、幾度の転機を経てそれを基軸に国を向上させてきた類まれなる国家である。今こそその名誉ある歴史に学び、混迷からの飛躍の一歩を踏み出すときである。

 日本で近代商業が持続的に成長した最も大きな機会は、安定の世が永く続いた江戸時代と言える。貿易が限定されている中で拡大する人口圧力と生産規模を吸収した国内経済の発達とともに、商業倫理・文化というものも著しく発展した。最も有名と思われる近江商人の商業訓「売り(手)善し、買い(手)善し、世間善し」を筆頭に、現代も日本経済界に名をとどめる大商家、三井家・住友家の家訓に金言が残っている。いずれも私益の突出を戒め、商い相手への貢献・信用第一・公益の提供を謳うものである。

 また、江戸後期には後に偉人として語り継がれる二宮尊徳が現れ、「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」との言葉を残している。道徳的に正しいことを達成する手段が経済であり、その一義的な目的なくしてはこれ罪悪、と一刀両断するこの警句は、まさに現代の経済社会に必中ではないか。

 時代は下り、明治維新を機に日本が帝国列強と立ち合う世にも、日本の商業はなお一層の強化を遂げた。当時の先進国にひたすら学び、国家の発展のためにと一大事業を興す実業家が続出する。その冠たるものは渋沢栄一である。後述の銀行制度を日本に輸入するとともに、枚挙に暇ない大企業の数々を立ち上げ近代日本の勇躍に大きく貢献したのみならず、商業教育、女子高等教育、病院建設、震災復興などの社会貢献事業を積み重ねてきた点に、ここでのかの人物への評価の力点をおきたい。

 さらに、日本はもう一つ劇的な進化の機会を得た。とりもなおさず戦後の高度経済成長である。敗戦によって国力の大部分を失った日本から、世界最高級の製品を全世界に提供する国際企業が数多く生み出されるに至ったのは、伝統ある商業倫理が受け継がれてきたからだと私は考える。昭和日本の技術者、企業人、官僚・・・経済成長を担った人々の根底に、“日本の人々のため、世の中のため”という共通認識があったのである。

 非常に端的ではあるが、これらの歴史に表れる「商い」の倫理こそ、かけがえのない日本の財産である。そして、現代日本が最も回復を必要としている要素であると同時に、21世紀の日本がさらなる進化を遂げるためのカギなのだ。


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Posted by 山本泰弘 at 01:00│Comments(0)【応募・投稿】
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